こんにちは!
つらたんです。
さて、今回ふらふらと徘徊するのは、
東京上野駅周辺!
僕は普段あまり上野に行かないので、このブログでご紹介している上野の神社仏閣はアメ横にある「徳大寺」くらいなんですが、今回はガッツリ上野を回ってまいりました!w
関連記事:弓矢で厄を一網打尽!上野アメ横【摩利支天 徳大寺】行ってみた!ぶらり寺社巡り
上野と聞いて一番に思い付くのってやっぱ「上野動物園のパンダ」とかですかね?w
今でこそ「上野駅周辺 = 上野公園、アメ横」っていうイメージですが、実は元々この辺り一帯って、全てお寺の境内だったんです。
現在は開発されて公園になっているのでビックリですよねw
つまりね?
ここいら一帯は昔お寺だったわけで、当時の神社仏閣が今も残っている場所でもあるんです!(`・ω・´)+
これは行かねばああああああ!
┣¨┣¨┣¨─=≡Σ((( っ゚∀゚)っ
ですよねwww
というわけで、今回は直射日光と照り返しで灼熱地獄の中を歩き回った、上野駅周辺の見どころをご紹介していきたいと思いますw
目次
1. 上野駅周辺の歴史
東都八勝 上野晩鐘/春艸
さて、冒頭でも書いたように、江戸の頃の上野駅周辺一帯は「東叡山 寛永寺/とうえいざん かんえいじ」というお寺の境内になっており、多くのお堂や寺院が建てられていました。
寛永寺は、寛永2年(1625年)に、徳川家康側近の僧だった「慈眼大師・天海」によって開山されたお寺とのこと。
山号の由来は、京の都の鬼門を守護する「比叡山 延暦寺」に対して、江戸の鬼門を守護する「東の比叡山」という意味で「東叡山」にしたんだとか。
錦絵を見ても分かる通り、江戸時代にはかなり広大な境内を持つ、大寺院だったみたいですね( 'ω' )
東都名所 上野東叡山全図/一立斎広重
当時、寛永寺があった場所は、現代でいうと上野公園の中央部分「大噴水/竹の台広場」の場所だったそうで、巨大な中堂が建てられていたんだそう。
↓こちらがその中堂ですね( 'ω' )
東叡山中堂之図/北斎
そして今はこんなんです…(´・ω・`)
寺の形跡、微塵もねえっ…!!:(;゙゚'ω゚'):
江戸末期になると、慶応4年(1868年)上野戦争の戦場となってしまったことから、お寺の大部分が焼失。
※上野戦争とは、幕府軍と新政府軍が戦った戊辰戦争のひとつ。
主要なお堂や子院は焼失し、壊滅的な被害を受けたそう。
下の画像は上野戦跡の古写真なんですが、手水舎しか残っていないように見えますねー(´・ω・`)
てか、寺でやるなよ!!戦争を!!( ºωº ; )
その後明治になって、その跡地は上野公園となって現在に至るんだそうです。
もし今も残ってたら、浅草寺レベルの観光名所だったでしょうねー(^ω^;)
因みに、寛永寺自体はなくなってしまった訳ではなく、明治12年、場所は移りましたが「東京都台東区上野桜木一丁目」に再建されています。
てか、もしかして元号が「寛永」の時に開山したから、お寺の名前が「寛永寺」なんですかねー?w
2. アクセス
さて、神社や仏閣が今も残っているのは「不忍池/しのばずいけ」から「上野の山」と呼ばれる台地付近に集中しているので、今回はその辺りを回っていきます(^ω^)
先ず、今回僕が回った場所はこんな感じになります。
上野駅 不忍口(マップで★が付いている場所)から出て、上野公園までは徒歩4~5分程度ですかね。
動物園通りという道路が中央を走っているので、そこを起点として左右に見どころがある感じです(^ω^)
上野駅を「不忍口」から出て、
横断歩道を渡って左に行くと、すぐに上野公園への入口があります。
てか、写真を見て頂くと分かる通り、
この日はドチャクソ暑かったwwwww
駅を出た瞬間、毛穴という毛穴から滝汗がwwwww
確かこの日は都内で36度とか言ってた気がするw
3. 不忍池
先ずはこちら!「不忍池/しのばずいけ」ですね(^ω^)
もはや池というか…
レンコン畑だこれ!!Σ(゚д゚ ; )
ちょうどこの時期は、良い感じに蓮の花が咲いていました!(*´ω`)
てか、蓮の花ってこんな風になってるんですねー( 'ω' )
間近でちゃんと見たの初めてかもw
当日クッソ暑かったけど、ちょうど蓮の開花時期に来れたのは良かったですねー♪
因みにこの不忍池、コンクリートで整備されていますが、なんと天然の池とのこと!
既に15世紀頃にはこの名前で呼ばれていたんだそうです。
諸説あるそうですが「不忍池」の名は、かつてここいら一帯の台地を「忍ヶ丘/しのぶがおか」と呼ばれていたことに由来するんだとか。
なんだ…(´・ω・`)
名前の由来は忍者関連じゃなかったのか…
元々この界隈には、徳川幕府が京都に似せて作らせた建物がたくさんあったそうで、不忍池は「琵琶湖」に見立てられていたんだそうです。
比叡山に見立てて建てられた「寛永寺」といい、どうやら幕府は江戸を京都に匹敵する都市にしたかったみたいですねー( 'ω' )
戦後はここを野球場にする案などもあったそうですが、池のまま保存することに決まり、現在に至るとのこと。
よくやった!!
当時のひと!!(`・ω・´)
不忍池
〒110-0007 東京都台東区上野公園5-20
4. 不忍池 辯天堂
さて、不忍池を歩いていると、奥のほうに緑の屋根の建物が見えてきます。
こちらが、不忍池の中之島に建てられている「不忍池 辯天堂/しのばずいけ べんてんどう」になります。
このお堂が立つ中之島は、琵琶湖の竹生島 (ちくぶしま/琵琶湖北部に浮かぶ島) に見立てられ、この弁天堂は江戸初期の寛永年間(1624~1645年)、寛永寺の開祖「慈眼大師・天海」によって建立されたんだとか。
昭和20年の空襲によって一度は焼失してしまったそうですが、昭和33年(1958年)にお堂が復興され、現在に至るそうです。
うわあ…
これは当時の姿で見たかったなあー(´-ω-`; )
因みにこちらで祀られている弁天様なんですが、一般的なイメージの琵琶を持った色っぺえお姿ではなく、
8本の手に武器を持つ「八臂辯才天/はっぴべんざいてん」
とのこと!
え!?強そう!!!(´°д°`)
確かに以前コージさんが、弁財天は実は戦いの神様で、
「アマゾネスみたいな風貌」
って言ってたなwwwww
関連記事:神さまも個性いろいろ!っていうコージさんから聞いたお話
弁財天って女子力高そうなイメージあったけど、実はヒールレスラーみたいな感じなのかもw
弁天堂の前には、こちらの「宇賀神/うがじん」の像も祀られていました。
宇賀神とは、体が蛇になっている知恵の神様ですねー(^ω^)
僕としては、先祖供養の際に協力して頂いたり、ダキニ天様とのご縁を作って頂いたりと、大変お世話になった神様です。
ありがたや~ありがたや~ (;人;)
因みに、
なんで弁天堂に宇賀神がいるの?(´・ω・`)
ってことなんですが、どうやら「比叡山 延暦寺」では弁財天と宇賀神が習合されているとのこと。
また、琵琶湖の竹生島にある「宝厳寺」では、弁財天の頭に宇賀神が乗っているんだそうです。
出典:wikipedia/宝厳寺 宇賀弁才天坐像
なるほどなるほど~( ˘ω˘)
元々、この界隈の建物やスポットは、比叡山や琵琶湖に見立てて作られていたので、本家にならって弁天堂に宇賀神が祀られているってことかー(^ω^)
いやあ、理由が分かると面白いですねー♪
そしてこちらは、弁天堂の境内にある「大黒堂」になります。
かの豊臣秀吉が大切にしていたという伝承がある大黒様だそうで、このお堂は戦火を免れ、現在に至っているそうです。
あー、そう言えばコージさん…
「大黒様が一番怖い」
とも言ってたなあ…
関連記事:神さまも個性いろいろ!っていうコージさんから聞いたお話
結論、つまりこちらの「不忍池 辯天堂」は…
アマゾネス的で屈強な弁財天様と、一番怖い大黒天様を祀るお寺です☆
↑どっちも強いw
不忍池弁天堂
〒110-0007 東京都台東区上野公園2-1
TEL:03-3821-4638
5. 清水観音堂
続いて、こちらは道路を挟んで、弁天堂の反対側にある「清水観音堂」になります。
上手く建物全体が撮影できる場所ではなかったので、ちょっと全体像が分かりにくいんですが…(^ω^;)
建立は寛永8年(1631年)、こちらも寛永寺や弁天堂と同じく「慈眼大師 天海」によって建立。
その名前からも分かる通り、こちらは京都の清水寺を見立てたお堂だそうです。
清水寺よりずーーっと低いものの、お堂の前は確かに小高い舞台状になっていました。
このお堂は、江戸当時とほとんど変わっていないみたいですね!
上野清水之桜/英泉
こちらのご本尊は、京都清水寺から遷した秘仏「千手観世音菩薩」様とのこと。
また、このお堂は上野の山に現存する最古の建造物で、国の重要文化財にも指定されているそうですよー(゚∀゚)
清水観音堂
〒110-0007 東京都台東区上野公園1-29
TEL:03-3821-4749
6. 五條天神社
続いては、上野の山にある「五條天神社/ごじょうてんじんじゃ」に向かいます。
この神社は、清水観音堂から一度道路に出て、少し歩いたところにある坂道の途中にあります。
社伝によると、こちらの神社は「日本武尊/ヤマトタケルノミコト」がこの地に「大己貴命/オオナムチノミコト」と「少彦名命/スクナヒコナノミコト」を祀ったのが始まりとされているんだとか。
また、創建時期は不明だそうですが、文明18年(1486年)に書かれた「北国紀行」にこちらの神社が記されているんだそうです。
こちらが五條天神社の「社殿」になります!
あああ~、こちらの神社…
僕的に好きなやつです!w
緑も多いし、境内も気持ちいい!!(゚∀゚*)
でも、あまりに暑すぎてゆっくり出来なかったので、春先とかにゆっくりお参りしたい神社ですねー♪
因みに、僕が参拝した時間帯はまだ社務所が開いていなかったので御朱印は頂かなかったのですが、こちらの判の御朱印が頂けるようです。
五條天神社
〒110-0007 東京都台東区上野公園4-17
TEL:03-3821-4306
7. 花園稲荷神社・穴稲荷神社
続いてこちらが、五條天神社のすぐ隣にある「花園稲荷神社」です。
こちらのご祭神は、お稲荷様でおなじみ「倉稲魂命/ウカノミタマノミコト」と「豊受姫命/トヨウケヒメノミコト」の2柱になります。
創建時期は不明だそうですが、元々は別の場所にあった五條天神社が、今の場所に移転してくる前からこの場所にあったそうで、上野戦争の舞台にもなった場所とのこと。
因みにこちらの神社、五條天神社のすぐ隣にあって境内も繋がっていますが、五條天神社の境内社というわけではなく、全く別の神社になりますのでご注意を(^ω^;)
※こちらの御朱印は、五條天神社の社務所で頂けます。
こちらが花園稲荷神社の「社殿」になります。
そして、もうひとつ!
こちらの神社の境内には「穴稲荷神社」という場所があるんです!
参道の途中に、別の鳥居があり…
鳥居の先には鉄格子の扉があります。
この扉の先は薄暗い通路となっており、通路の先に小さな稲荷の祠が置かれていました。
撮影禁止だったので写真は撮れませんでしたが、薄暗いせいかすごく不思議な雰囲気のする場所でしたねーここは( ゚д゚)
なんか「神域!」っていう独特の雰囲気というか、絶対にふざけてはいけない雰囲気というか…
ぜーんぜん嫌な感じはしませんでしたけどw
ここは花園稲荷神社の元宮だそうで、正式名称を「忍岡稲荷神社/しのぶがおかいなりじんじゃ」と言うんだそうですよ(^ω^)
花園稲荷神社
〒110-0007 東京都台東区上野公園4-59
8. 上野大仏
続いては、花園稲荷神社から少し登ったところにある「上野大仏」になります。
「上野大仏」は結構有名なので、遠方の方でも知っているかも知れないですね(^ω^)
先ず一番目を引くのが、こちらの「パゴダ薬師堂」!
パゴダってのは仏塔のことで、このパゴダは昭和42年(1967年)に建立されたものだそうです。
内部には「薬師如来像」がメインで祀られ、左右に「月光菩薩」と「日光菩薩」が祀られていました。
そして、境内の一角にあるのが有名なこちらの「上野大仏」!!
顔だけじゃん!!?Σ(゚д゚ ; )
って思われるかもしれませんが、実はですねー、顔だけなのには涙なくしては語れない悲しい事情があるんです…(´;ω;`)
元々は高さ約6mの釈迦如来像だったそうで、寛永8年(1631年)に造られた大仏像とのこと。
こちらが在りし日のお姿。
おお、ちゃんと大仏だ!!( ゚д゚)
そして、こちらが元禄年間(1688~1704年)に建てられた、大仏を守るための大仏殿です。
でね?(・ω・)
この大仏像はなんていうか、不遇の連続でして…
正保4年 (1647年) | 地震で壊れる |
慶安2年 (1649年) | 地震で首がもげる |
天保12年 (1841年) | 火災で焼ける |
安政2年 (1855年) | 地震で頭部が壊れる |
明治8年 (1875年) | 公園整備のため、撤去される |
大正12年 (1923年) | 関東大震災で首がもげる そして、昭和の初めまで首のない状態で置かれる |
昭和15年 (1940年) | 戦争時の金属供与により、顔面以外が溶かされる |
もう止めてあげてえええええええ!!(´;ω;`)ブワッ
っていうw
もうさあ、気の毒になるくらいの経歴でしょ?
特に最後がひどい…
で、昭和47年(1972年)、最終的に残った顔面がレリーフとして元々あった場所に安置され、現在に至るわけなんですねー。
逆に顔面だけ残っちゃったもんだから、なおさら痛々しく感じるっていうね…
でもこちらの大仏様、体を失った顔面は「これ以上落ちない」という事で「合格大仏」と呼ばれ、受験生に人気なんだそうです(^ω^)
何はともあれ、陽の目を見れてよかったですよね(´;ω;`)
上野大仏
〒110-0007 東京都台東区上野公園4-8
TEL:03-3821-4749
9. お化け灯籠
さて、上野大仏から少し歩くとあるのが、こちらの「お化け灯籠」になります!
この灯籠は高さが6.06m、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将、大名だった「佐久間勝之/さくまかつゆき」が奉納したものだそうです。
名前の由来はまあ、ご想像の通り、
「お化けのように大きいから」
お…おう…w
てか、ここは全然人がいなくて、あまり人気がないみたいでしたねー( 'ω' )
まあ、歴史のあるものではあるんだけど、結局巨大な石灯篭が置いてあるだけだしなあw
お化け灯籠
〒110-0007 東京都台東区上野公園9-86 上野恩賜公園
10. 上野東照宮
さーてさてさて!(゚∀゚*)
最後に「上野東照宮」に向かいます!
東照宮と言えば、世界遺産にもなっている栃木県の「日光東照宮」が有名ですよね。
でもね、上野東照宮だって負けてないですよー!!ヽ(•̀ω•́ )ゝ✧
上野東照宮は地震や戦火による焼失を奇跡的に免れており、当時の建造物が重要文化財として今もしっかり残っている場所なんですよね(^ω^)
しかも、重文がひとつやふたつではないので、歴史的な建造物マニアの方にはたまらん場所となっていますw
( ´p` ) ジュルリ…
1) 上野東照宮のご由緒・ご祭神
先ず、上野東照宮のご由緒ですが、寛永4年(1627年) 江戸時代初期の武将・大名「藤堂高虎/とうどうたかとら」が創建したとのこと。
社伝によると元和2年(1616年)2月4日、危篤に陥った徳川家康が、高虎と天海を呼び、
「三人一つ処に末永く魂鎮まるところを作って欲しい」
と遺言を残したことから建立されたんだとか。
ほう、それでこちらのご祭神は徳川家のお三方なんですねー( 'ω' )
ご祭神 | 初代将軍 徳川家康公 (東照大権現) |
8代将軍 徳川吉宗公 | |
15代将軍 徳川慶喜公 |
こちらの神社はちょいと見どころが多いので、各スポット・建物ごとにご紹介していきたいと思います。
2) 大石鳥居
先ず、こちらが上野東照宮の入口にある「大石鳥居」になります。
この鳥居は寛永10年(1633年)に奉納されたもので、国の重要文化財に指定されているんだとか。
そんな古そうに見えなかったけど、約400年の歴史があるんですねー(´°д°`)
こちらの鳥居は関東大震災の時、少しも傾かなかったとのこと。
えぇ…( ゚д゚)
上野大仏は震災で首もげたんですけど…w
3) 水舎門
鳥居の先にあるのが、こちらの「水舎門」です。
うおおおおおおお!(゚∀゚*)
歴史すごそおおおおおお!!
この門は慶安4年(1651年)に老中「阿部重次」が建築奉納したもので、元々は手水舎として使われていたものを、昭和39年に上屋だけを中門として転用したものなんだとか。
うはー、年季入ってるうううううw
4) 銅灯籠
続いては、「銅灯篭」です!
上野東照宮の境内や参道には数多くの灯篭が置かれているんですが、
中でも48基ある銅灯篭は、徳川御三家や諸大名から寄進されたもので、国の重要文化財に指定されているんだそうです。
灯篭が重文とかすげえ!!( ºωº ; )
5) 水屋
こちらは参道の途中にある「水屋」になります。
一見手水舎に見えますが、実はこの反対側に、ちゃんとした手水舎が別にあるんですよね。
なので、
これは何ぞや?(´・ω・`)
と思って覗いてみると…
でっけえ鈴がぶら下がっており、水盤に水はないという謎施設…w
どうやらこの鈴は、狛犬を担当した石工「酒井八右衛門」という方が寄進をした鈴だそうで「井亀泉/せいきせん」という屋号を持つ有名な石工だったんだとか。
こちらがその狛犬ですね。
で、この水屋そのものは、
「辰五郎親分!!」
で有名な、町人で組織された江戸町火消し十番組の頭「新門辰五郎」が奉納したものとのこと。
江戸の町火消の親分とか…
かっこよ!!o(゚∀゚*)o
そして、この水盤は老中「阿部重次」が奉納したものだそうです。
うへえ…錚々たる顔ぶれですねー!w
ただ、一体何の目的で、使っていない手水舎に鈴を設置したのか…
そこは謎しか残りませんでしたけどw
さて、参道をずんずん進んでいくと、なんだかギラギラした建物が見えてきました!w
6) 唐門
はい!こちらが上野東照宮の社殿…
ではなく「唐門/からもん」になりますw
社殿を塀が囲っており、その正面の金色の門が「唐門」です。
唐門とは、唐破風(からはふ/神社の拝殿などで手前にせり出している屋根)が付いた門のことを言います。
↓こういう屋根のことですね。
肝心の社殿は唐門の奥にあるので、門の外からだと残念ながら社殿の屋根しか見えません(^ω^;)
この唐門は、慶安4年(1651年)に造営されたもので、こちらも国の重要文化財に指定されています。
それにしても、門だけでこれだけ豪華絢爛ってことは、社殿はもっとヤバいんでしょうねーw
7) 社殿の拝観料
さて、いよいよ社殿へ~…
と行きたいところなんですが、社殿を見るには「拝観料」を支払う必要があるんですよね~(^ω^;)
大人(中学生以上) | 500円 (2019年9月時点) |
小学生 | 200円 (2019年9月時点) |
社殿の中には入れない&見れないようですが、外観の撮影はOKみたいですし、ここまで来たら行かなきゃねえ?w
てなわけで、500円で拝観券を購入~( ´ω` )
さあ、いよいよ社殿へGO!!
8) 透塀
拝観券を購入して順路に沿って進んでいくと、まず目につくのがこちらの「透塀/すきべい」です!
社殿を取り囲んでいる塀なんですが、これがただの塀じゃないんですよ!w
こちらも立派な…
国指定重要文化財!!(*´Д`)
社殿と同時期である慶安4年(1651年)に造られたものなんだそうです。
塀までもが重文とは…
なかなかやるな!上野東照宮!!w
さあ、次はいよいよ社殿です!!
9) 上野東照宮 社殿
はい!こちらが上野東照宮の「社殿」になります!
ぎゃああああああああああ!!
眩しっ…
目がああああ!目がああああああああああっ!!
冗談はさておきw
めちゃめちゃ豪華絢爛な装飾ですね( ºωº ; )
この現存している社殿は慶安4年(1651年)、三代将軍・徳川家光公が建て直したものだそう。
でも、上野東照宮の創建が寛永4年(1627年)なので、わざわざ建て直すほどの時間は経ってないですよね?
では、なぜ建て直したのか?
建て直した理由がまたウケるんだけど、
「以前の社殿が気に入らなかったから」
なんだってw
これだから金と権力のあるヤツは…(#^ω^)ビキビキ
また、日光まで遠くてお参りに行けない江戸の人々のために、日光東照宮のような豪華な社殿を建てたと言われているそうです。
因みにこちらの社殿、上野戦争や関東大震災で焼失を免れているのですが、第二次世界大戦でも奇跡が起きましてw
当時、社殿のすぐ裏に爆弾が落ちたそうなのですが、幸いにも不発弾で社殿は無事だったんだとか!
すごっ!!( ºωº ; )
もしその時爆発していたら、この社殿は残っていなかったかも知れないのかー( 'ω' )
てかさあ…
上野大仏は震災で首もげて、第二次世界時は金属不足で溶かされたんですけど…w
なにこの違いw
10) きささげの木
こちらは、上野東照宮の社殿右側にある「きささげの木」です。
小さく見えますが、この木はなんと樹齢350年以上!
慶安4年(1651年)社殿を造営した時に、雷除けの願いを込めて植えられたと伝えられているそうです。
で、実はですねー(´-ω-`; )
社殿に入る手前に、樹齢600年以上の御神木「大楠」と、御狸様とも呼ばれている「栄誉権現社」があったんですよね。
で、社殿をお参りしてから見に行こうと思ってたんですよー(´・ω・`)
それで、最初に社殿をお参りしたんですけど、その後あろうことか…
順路に沿って出てきちゃった!!(´;ω;`)
みたいなw
なので、今回そちらはちゃんと見れてませんwww
皆様はどうかお気を付けくださいねー(^ω^;)
11) 上野東照宮 御朱印
続いて、こちらが上野東照宮で最後に頂いた「御朱印」になります!
御朱印は、唐門の右側にある授与所で頂くことが出来ます。
初穂料は500円でした。
上野東照宮
〒110-0007 東京都台東区上野公園9-88
TEL:03-3822-3455
11. 旧寛永寺 五重塔
さて、上野東照宮での参拝を終えて参道を戻っていると、左側にこちらの「五重塔」がありました。
が!!( ゚д゚)
塔の周りが鉄柵に囲われていて、近くまで行けないようになっていました。
どうやらこの五重塔、現在は上野動物園の敷地内にあるそうです。
ふむ、それで外部からは入れないようになっているのか…σ( 'ω' )
そこは理解したとして、
なんで動物園に五重塔?(´°д°`)
って思いません?w
だってこんなに近くに東照宮があるのにw
どうやらですね、元々この五重塔は上野東照宮の一部だったようですが、明治になると神仏分離令によって寛永寺に譲渡。
その後、1958年に寛永寺が東京都に寄付した経緯があるんだそうです。
上野動物園を含む「上野公園」は東京都が管理しているので、それで動物園内に五重塔という構図が出来上がったわけですねwww
異色の組み合わせwwwww
この五重塔は寛永8年(1631年)に創建され、明治44年(1911年)に重要文化財に指定されているそうですよ(^ω^)
旧寛永寺五重塔
〒110-0007 東京都台東区上野公園9-88
というわけで以上!
今回は「上野周辺の神社仏閣・見どころ」についてご紹介しました!
実はこの界隈には他にも、
- 西郷隆盛銅像
- 天海僧正毛髪塔
- 博士王仁碑
- 彰義隊の墓
- 摺鉢山古墳
なんかもあるんですが、もう当日暑くて暑くて…(^ω^;)
とりあえず主要なところだけ回って早々に撤退しましたw
あと、寛永寺!!
ちょっと離れたところにあるので今回は行かなかったのですが、いつかそちらも行ってみたいですねー(^ω^)
もうちょっと涼しくなったらね…?w
上野駅周辺は歴史ある建物、自然、動物園、公園、施設などが充実しており、子供から大人まで1日楽しめる場所だと思います。
アメ横もめっちゃ近いので、買い物も出来ますしね♪
また、昔の痕跡が随所に残っている場所でもあるので、お寺だった当時の痕跡探しをするのも楽しいかも!w
よかったら是非足を運んでみてくださいね!( ´ω` )ノ
ではまたー!