こんにちは!
つらたんです。
お盆後半は、数日湿気が少なくて過ごしやすい日がありましたけど、また暑さ逆戻りですね!(^ω^;)
皆さん体調崩されてないですか?
あーもう、早く秋来てくんねえかなあwww
ヾ(⌒(ノシ'ω')ノシ バンバンッ
9月もなんだか暑くなりそうな気配ですので、皆さん体調管理にはくれぐれもご注意くださいね!
さて、僕は今年のお盆も実家に帰省してて、ここぞとばかりに茨城の神社仏閣を巡りまくってきましたw
最近全く神社仏閣に行けてないのもあって、ホント「ここぞとばかり」という勢いでw
今回はその中のひとつ、茨城県常陸太田市にある「佐竹寺/さたけじ」をご紹介したいと思います!
いや、僕ね?
5月に帰省した際にこのお寺の前を車で通る機会があって、お寺を見た瞬間、
「うわっ、ここ行きたい!!」
ってなったのがこちらのお寺だったんですよw
もうね、ぱっと見だけでも歴史感がハンパなかったの!
で、8月に帰省した時に参拝しようと密かに目論んでいたわけですw
そして帰省した際に、満を持してたっぷり参拝して来ましたので、詳しくご紹介していきたいと思います。
1. 御由緒
佐竹寺の御由緒ですが、寺伝によると大同2年(807年)「徳一/とくいつ」の開創とのこと。
徳一と言うのは、空海や最澄と同じ平安時代の僧で、筑波山の開祖でもある方ですね(^ω^)
関連記事:登山しながらパワースポット巡り!茨城【筑波山神社】行ってみた!ぶらり寺社巡り
また、明和8年(1771年)に出版された「坂東霊場記」によると、寛和元年(985年)に第65代花山天皇がこの地を巡礼中、随行していた僧「元蜜上人」に、聖徳太子作の十一面観音像を与えて建立させたとも伝えられているんだとか。
どちらが正しいのかは分かりませんが、兎にも角にも歴史のあるお寺なんですねー( ´ω` )
その後、源義光の孫:昌義がこのお寺を祈願所とし、節が1つしかない竹をこの寺で見つけたことから、
「こっ、これは、もしかして良い事あるんじゃね!?いや、そうだ!そうに違いない!」
と昌義は確信し、姓を「佐竹」と改名したんだそうです。
ちょっと変わった竹を見つけただけで、改名までしてしまうとは…
一体何が彼をそうさせたのか…w
因みに佐竹氏とは、鎌倉時代から江戸時代にかけて常陸国(現在の茨城県)を治めた一族です。
このエピソードが、寺名の由来なんでしょうね!(^ω^)
実際、お寺が創建した当初は「観音寺」と号していたそうで、「佐竹寺」と号したのは文永6年(1269年)の事だそうです。
最盛期にはかなり有名で賑わいのあるお寺だったそうなのですが、佐竹氏が常陸国から異動となった事や明治の廃仏毀釈によって一気に衰退し荒廃。
昭和24年(1949年)までは、無住職のお寺になっていたんだって。
くそう…明治政府めぇ…(゚Д゚#)
現在では住職さんがいらっしゃり、坂東三十三箇所(関東にある33か所の観音霊場)の22番目札所となっています。
2. 御本尊
佐竹寺の御本尊は「十一面観世音菩薩」になります。
聖徳太子の作と言われ、花山天皇の念持仏(個人が身辺に置き私的に礼拝するための仏像)とも伝えられているんだとか。
御本尊が鬼門除けのために北を向いて建てられていることから「北向き観音」とも呼ばれ、厄除けや安産・子育ての仏様として信仰されている仏様だそうです(^ω^)
ここでふと、「十一面」ってどんな感じで顔が付いているのかという疑問が。
キン肉マンに出てくるアシュラマン(古)みたいな感じかと思って調べてみたら…
ファwwwwwwwwwwwwwww
並んだ顔と天辺の顔との間wwwwwww
どうなってんだこれwwwwww
仕組みが分っかんねえwwwww
まあ、これは結構レアなビジュアルらしく、一般的にはこんな感じ(↓)らしいですw
うん、こっちのほうがずっとスマートですね!w
最初のは、仏と言うより完全に妖か…ゲフンゲフンッ
3. アクセス
さて、佐竹寺へのアクセスですが、
ここは車一択です!!
お寺は県道61号線沿いにあるんですが、残念ながら交通の便があまり宜しくないんですよね(^ω^;)
公共機関を使って行く場合、JR水郡線「常陸太田駅」から茨城交通バスに乗って「天神」で下車する形ですが、バスの本数が少ない!
駅から歩く場合は「常陸太田駅」から30分程歩く必要があります。
何の罰ゲーム?(´・ω・`)
っていうねw
今年の猛暑の中30分も歩こうもんなら、体内の水分全部持ってかれる恐れがありますので、電車で行かれる場合は、駅からレンタカーやタクシー利用がおすすめですw
山門の右手前に、数台停められる駐車スペースもありますよ。
4. 山門
お寺自体は県道61号線に沿って建てられている感じで、車で走っていくと県道横に突如山門が見えてきます。
こちらが、佐竹寺の「山門」になります!
山門は元々、宝永年間(1704~1710年)に建てられたそうですが、現在の山門は昭和15年(1940年)に再建されたものだそうです。
てか、左右の仁王像…
テッカテカやん…
なんか、フィギュア感がすごいw
仁王像はかなり新しい感じがしたので、結構最近になって安置された像なのかな?
山門の裏側左右には、以前の山門で使われていた鬼瓦が展示されていました。
山門をくぐり、手水を済ませて早速本堂へ!
5. 本堂
さあ、こちらが佐竹寺最大の見どころ!
佐竹寺の「本堂」になります!
すげえ!!( ºωº ; )
茅葺屋根だよ!!
茅葺屋根のお寺って、僕初めてかも!!
実はこちらのお寺、創建時は別の場所にあったそうなのですが、室町時代/天文12年(1543年)に一度兵火で焼失してしまったとのこと。
その後、18代佐竹氏によって天文15年(1546年)にこの地に再建されたそうで、こちらの本堂はその際に建てられたものだそうです。
約500年前ってだけで胸アツ!!(゚∀゚*)
そしてこの本堂がですね、めちゃくちゃでかいんですよ!w
なので、近くで見るとかなり圧倒されます!
写真に写っている鐘や賽銭箱の大きさを見て頂くと、どれほどの大きさかイメージしやすいんじゃないかと。
本堂に近づくと、これまた長い歴史を物語るたくさんのお札が!!
天井までビッシリですね!(´°д°`)
また、他の寺院では見られない「丸窓」なんかがあったりして、桃山時代の建築様式を色濃く残している建造物なんだそうです。
明治39年(1906年)には、国の重要文化財(旧国宝)にも指定されてるし、かなり歴史あるお堂なんですねー!(^ω^)
因みに旧国宝ってのは「昔は国宝だったけど今は国宝じゃないよ」っていう意味じゃなくて、1950年以前は「国宝」と「重要文化財」は区別されていなくて、全て「国宝」と呼ばれていたんだとか。
1950年以降は国宝と重要文化財に呼称が分かれたわけですが、重要文化財になったから国宝から格下げされたということではなく、文化財としての価値は国宝と変わらないそうなので誤解なさいませんようw
本堂の前には観音様とお地蔵様がいらっしゃり、
そして、本堂左右には狛犬像が配されていました。
てか、この狛犬…
胸筋ムッキムキやなw
さて、本堂でお参りを済ませてお堂の周りをぐるりと回らせて頂いたんですが、本堂の左手になにやら道が…
鳥居らしきものが見えたので、そのまま進んでいくと稲荷堂がありました。
6. 稲荷堂
こちらが、本堂左手にある「稲荷堂」です。
詳しい由緒などは書かれていませんでしたが、豊川稲荷を勧請したお堂だそうです。
過去記事にも書いている通り、豊川稲荷の仏様には先祖の件で大変お世話になっているので、ご挨拶をさせて頂きました。
てか、最近妙に豊川稲荷関係の場所に遭遇することが多いんですよね。
なんでだろねー?(´・ω・`)
7. 御朱印
そしてこちらが佐竹寺の「御朱印」になります。
山門を入って右側に寺務所があるので、そちらで頂く事が出来ます。
うーん…
読めねえw
見たことのない漢字に見えるけど、誰か解読してくださいw
初穂料は300円、お昼休みの12時~13時は御朱印は頂けないそうなのでご注意くださいね!
と言う訳で以上!
茨城県常陸太田市にある「佐竹寺」をご紹介しました!
こちらのお寺の本堂は、マジで一見の価値ありだと思います!(^ω^)
歴史も外見も大きさも、なかなか普通のお寺では味わえない規模ですし、参拝者もそれほど多いわけではないのでゆっくり静かに参拝できます。
ちょっくら交通の便が悪いですが、車だとサクッと行けますので、気になった方は是非参拝してみてくださいね!
てか、今回僕、茨城の神社仏閣かなりの数回って来たんですよ。
最近忙しくてなかなか行けていない分、狂ったように神社仏閣を巡りまくってきましたw
たぶん、自分の中で色々と溜まってたんでしょうねーwww
すぐに更新というわけには行きませんが、その時参拝した他の神社仏閣についてもご紹介出来ればと思ってますので、宜しければお付き合いくださいね!(^ω^)ノ
ではまたー!
妙福山 佐竹寺
〒313-0049 茨城県常陸太田市天神林町2404
TEL:0294-72-2078
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